設計というとやはり図面を描くことが仕事だと思われがちですが、その前段階の目標決めというのも重要です。開発開始時に決められた機能を元に製品に必要な性能を決めるという仕事です。「長期間使える」「落としても壊れない」など製品として必要と考えられる機能を元に、その性能を具体的に決めていくのです。「5年間使える」「1hrの充電で8時間使える」や「1mの高さから落下させても機能を損なわない」「10cmの高さから落下させても外観に傷がつかない」等より具体的な目標値を決めていきます。
- 機能:そのもののはたらきのこと
製品の役割のことで性能の上位の概念 - 性能:機械などが仕事をなしうる性質・能力
機能を定量的に表したもの
こうして決まった性能ですが、実際に製品を設計するためにはこの数値だけでは情報が足りません。「5年の寿命」といっても、その期間でどのくらい実際に使われるか、どのような使い方を想定しているか、「1mの高さから落下」といってもどこにどう落下させるか、機能とは何かといったことも定義しないといけません。これを設計目標、そして性能を満足しているか確認する評価方法として決めるのです。この条件は現実的な使われ方、想定しておくべき使われ方を元に定義していきます。そして設計というのはこの評価を満足する製品を作り上げていくことが目標となります。

今回は、たまたま見かけた例を元に評価方法・設計目標について考察していきます。
例)ニトリのソファー
性能
※予め断っておきますが、一例として取り上げるだけでニトリの設計や設計思想を非難したり苦言を呈するような意図は全くありません。あくまで設計仕様を決め方の説明と個人的な考えを述べるために、ニトリの公表している情報(動画)を参考としているだけです。私自身ニトリの家具をいくつも愛用していますが、性能面で不満に感じたことはありません。
昔、ニトリのソファーやイスの耐久テストをしている様子がCMで放送されていたことを覚えています。そのCM自体はもう見られないようですが、ニトリのYouTubeチャンネルで同じようなものを見つけました。
垂直荷重の耐久性試験の様子とともに条件が記載されていますが、30年間座っても使える機能を有している。ちなみに30年という数字はどこから来たのでしょうか。参考までに、ソファーの法定耐用年数は接客用で5年間、それ以外で8年間として設定されているようです。つまり国がソファーは5年使えば固定資産としての価値がなくなったと判断できるという目安を示したものです。必ずこれを満たさなければいけないということはありませんが、通常はこれ以上使われることを想定して設定します。ニトリのソファー場合は30年なので非常に長いですね。
- 耐用年数
耐用年数とは国が定めた、「固定資産として扱っていい期間」です。 - 耐久年数
耐久年数とはメーカーが問題なく使用できると判断している期間です。具体的に設定していることもありますが、使用条件に大きく左右されるため目安として設定されていることも多いです。
家庭で言えば、結婚をしたときに購入したとして子供が生まれて社会人になるまで使える、とかでしょうか。おそらく何かこういった想定があって社内で設定されているものと思います。
今回はこの性能は決まっている前提で進めていきたいと思います。
設計目標・評価方法
製品寿命30年という性能ですが、ではどんな使い方で30年持つのかということが重要です。ソファーの場合は人が日々座るわけですので、何回座ることができるかという疲労強度が重要になってきます。この動画でも疲労試験の様子を映しています。その動画内では内容について回数・荷重について記載があります。
回数
まず重要なのが使用回数です。30年の間に何度人が座るのかというもので、一般的な使用環境を考慮して検討します。例えばソファーであれば、朝起きて仕事や学校に出かけて、夜帰ってきて寝るという生活の場合、一日にソファーに座る回数は一人当たり多くて5回くらいでしょうか。4人家族と考えると、20回程度となるのでしょうか。ニトリでは25回としているので十分な回数座れると考えられます。1日25回を30年間なので、
25回×365日×30年間=273,750回
と実際に計算してみると約27万回ですが、キリよく30万回としているのでしょう。この場合は多少多い分には何も問題ありません。
荷重
次に重要なのは荷重です。人が座るものですので人の平均体重や、座った時にどの程度力が加わるのかといった人間工学的なことも考慮する必要があるでしょう。
ここでは荷重は97kgとしています。これはJIS S1203に準拠しているようです。JIS S1203を見てみると、この規格の適用範囲、試験の内容・条件・手順・使用する治具・サイクルまで細かく規定されています。
このように性能評価の方法がJISや業界の基準として決められていることも多く、その場合は当然その試験条件に従うことになります。こういった事項が決められていたとしても、基準とは違った使われ方を想定した製品の場合などはより厳しい条件を目標としたり、社内基準として別途設けたりしていることもあります。

実際の設計時の検討
これらを目標に設計をするのですが、実際の設計時には最後に安全率を取ります。これは材料の強度、寸法、製作上の誤差や、組み立てている途中の強度などを確保するために設けるものです。本来であればこういった細かいものを積み上げていって、一番悪い状態でも検討上は設計目標に達しているということの確認が必要なのですが、部品が多くなると考慮すべき項目が膨大になってきたり、何が最悪の組み合わせなのか決められないという事態も出てきます。
そのため安全率をとり通常は目標の3~10倍程度の強度を持つように設計をします。これは材料や性質、使用条件等で目安があったり、社内規定などでいくつ以上と決まっている場合もあります。
まとめ
何度か出てきた「一般的」「使用環境」を検討するのも開発者の役目です。ソファーであれば通常は”座るもの”ですが、家庭だと”何か重いものを持って上に乗る”状況も十分に考えられます。立って乗らないように説明書に記載しておけばよいと考えるかもしれませんが、実際にそういったことをする人は多いと思われます。そうなると上に人が立って乗る場合の耐荷重の目標も必要です。また30年間となるとその間に窓から日光が当たったり、生活の中で水がかかったりといったことも考えられます。対候性をソファー全体のシステムとして行う必要があるかは別にして、そういった実使用で起こりうることを設計目標として検討・定義しておくことが重要です。
また、当然ですがこういった仕様は開発者のみで決めるものではありません。実際の評価をする品証部門は当然ですが、営業部門やその他部門とも調整が必要で、関係部門の合意を基に仕様を決める必要があります。品証部に評価を依頼したら「試験に対応できる装置がない」といったことになりかねませんし、評価が終わっても販売しようとしたら、営業部門に「市場的に求められる性能に達していないので販売できない」といったことにもなりかねません。稀にちゃぶ台返しといったこともあり得ますが、この時点で合意をしておくことは重要です。
こういった細かい設計目標・評価方法決めは非常にむつかしく、一歩間違えれば事故を起こしかねませんし、その際に本来考慮すべきだったことが考慮されていなかったとみなされると、企業の責任を問われることも十分に考えられます。開発者としては、設計ができるということだけでなく、業界標準・基準、社会情勢などにも精通しておく必要があります。ここで設定した仕様が過剰となり、無駄に価格に反映されないようなコスト感覚も重要です。